もう一つのイメージ、もう一つの空間

関根直子

2025年4月17日(木) ー 5月4日(日)
月火水 休
企画監修 新見隆(キュレーター、武蔵野美大教授・同美術館図書館長)
作家在廊日 4月19日(土)15:00-18:00

MJK Galleryでは、関根直子による初の個展を開催いたします。
本展では、ギャラリー空間との対話を意識して構成された新作を発表いたします。
また、武蔵野美術大学教授・同美術館図書館長の新見隆氏をキュレーターに迎え、展覧会に寄せたテキストを執筆いただきました。
ぜひこの機会にご高覧賜りますよう、お願い申し上げます。

絵画の深み、その永劫回帰へ
―関根直子の苛烈

 現代日本で、あるいは現今世界の現代美術で、絵画の深みを真摯に、ギリギリの果ての果てに、追求している画業がいったい、幾つあるだろうか。かのエドガー・ポーが言ったように「ギロチン台の真上、生命綱の上での舞踊のように」(出典失念)、それは至難の捨身の技にも思える。そうして、今のアニメや漫画の隆盛(決してそれらをジャンルだけで見下してはいないが)やら、自画像描き、下らぬ安易なSNSアップ、イラスト志向、軽み=フラジャイル?傾向、などを目の当たりにして失望しながら、例えば、私はかのフランシス・ベーコンの狂気の画室を思い出す。一時期は面白い試みを真摯に続けたが、いったん巨匠と言われて後売れ筋を量産するドイツの作家など、もう見たくもない。幾ら国立美術館で開催されても。世間とは真の目を持たずに惑わされ続ける、烏合の衆の謂である。

 関根は、楽しげに、自らの深淵を曝け出し続ける。自暴自棄とは、ほど遠いところで。彼女は、ラスコー体験も、ロスコ・チャペル体験も、一時の迷いに終わらせず、自分の手に突きつけて、手技に終わらぬ、批評の動態を生み出す。昇華というと簡単だが、その痕跡がさらに如何に絵画を自己反省的、あるいは還元的なものにしているかが、二流以下との隔絶になるのは言を俟たない。その恬淡=熾烈は、絵画という世界の中心にある空無の坩堝への信頼、と言うより信仰に近いものであって、見事であろう。ここでは、仮に卑近に、関根をアメリカの抽象表現主義の、あの英雄的猛者たちの正系の正系の、真正の現代の継承者に位置づけることも可能だろうが、それももはや無意味に私には思えるのである。

 私が関根の画面、この、ある時は巨大な画材の表面の顕れでしか無いものにいつも感じているのは、彼女の体内の自然であるが、その手法は、一貫して螺旋構造、その上昇・下降の無限撹乱運動だ。何故なら、空間の深みは、世紀末の神秘思想家ウスペンスキーを持ち出すまでも無く、時空がある偶然・必然で絡み合ったものであって、つまり螺旋的運動でしか、現出出来ないからだ。

 螺旋とは、人智学の開祖シュタイナーが言うように、舞踊の起源であって、自然と私ども肉体の最も深い部分での交感・交流のもの以外では無い。私は関根の小品が、そのウィットに富んだ批評的眼差し故に大好きだが、やはり大作の圧倒的な深淵には、沈黙せざるを得ない。これほど、私どものが肉体ごと、巻き込まれ、引き込まれそうになる坩堝も他には無い。

 そうしてその時、思わず、フッと笑いが自然に漏れる。それは、宇宙の咆哮、その悪魔的笑いが木霊のように、絵画の奥底から、はるかに遠くから聞こえるからだ。必ず。
 世界は分裂し続ける。そして雲散霧消しながら、それでも地面に叩きつけた鏡がこなごなになってもその極小の破片は、また再び、前と同じ世界を映し出す(『華厳経』)のだが、それを圧倒的な力技で繋ぎとめようとするのが、絵画だ。
 ここには、自然そのものの生態を構造化した、彼女自身の肉体こそがある。
 そしてそこには、絵画という、見果てぬ、私どもが決して、未来永劫知り得ぬ何ものかが成したものにしか現れ得ない、独特の香気が漂う。

 ここでは書けないが、私は今、再び関根の絵画を、あの、かのニーチェの終末論に強迫させらながらも、世界分裂と統合の戦いの無限運動を描いた、20世紀芸術の開拓者グスタフ・マーラーの交響楽に絡めて書きたいと、思い始めている。
 最後に、今回の試みは、私の教え子である気鋭キュレーター、孫亜君、香村ひとみの共同企画になる。関根を合わせて武蔵美三勇士の健闘を讃える。

新見隆
キュレーター
武蔵野美大教授・同美術館図書館長

「もう一つのイメージ、もう一つの空間」

関根直子

昨年読んだ山極寿一さんの本の中で哲学者のオギュスタン・ベルク氏が話していたこととして「西洋絵画で「遠近法」が流行した時期と、デカルトが「我思う故に我あり」という考えを提示した時期は重なっていて-」と書いてあり、それはとても印象に残ったことの一つだった。空間把握の仕方と人の概念の姿が似ているというような話で、私も「風景はただの目の前の広がりではなく、風景は語り、作用し、人の内性や概念を持つもの」としてこれまで捉えてきた。この世界は当たり前に存在しているような気がしてしまうが、人がつくったものである故にその背後に不可視の形があるようにいつも感じている。そして今では人の設計は遺伝子や人工知能にまで及んでいるのである。

また、以前日本の数学者、丹羽敏雄さんが書いた「沈黙のコスモロジー」という本を読んだとき、“空間”とは人が発見したもので、その発見の瞬間があったのだと思ったのだが、さて今の私たちは幾つの空間を認識できるだろうか。 「僕には数字が風景に見える」という本がある。これはイギリスの共感覚を持ったダニエル・タメットの 著書で、彼は数字を見ると温度や性格、大きさ、色等々、生命が持っている情報のようなものを感じるの だけれど、私は彼が TED TALK の中で ”言葉は本来審美的なものだ”と語っていたことに感激したことがある。そして”数字”に対して私が持っていたイメージや捉え方も広がったのだった。現代は数字の時代でもあると思うが、それとは違う次元を持つ必要な可能性への扉のようにいつも心に留めている。

私はダニエル・タメットの本を読んだり、またインドの数学者ラマヌジャンのことを知ったりすると、 彼らの持つ特別な力には及ばないが、先入観を手放しその傍らに立ってみた時、それは私にとっても別の 可能性があることを伝え、疑問を与えてくれているように思うようになった。現代の「像」は“イメージ のイメージ“であると言えると思う。そのことと関係して私は”現代は意味の揺らぎの時代“でもあると思う。それは AI の影響力が更に増幅させるものでもあり、多くの人の認知を利用し、AI が平均値や数の優位性の枠組みを持っていることと無縁ではいられないだろう。しかしタメットが語ったような審美的な様子は、たぶん“像“として見る事は出来ないのかもしれないが、私たちの身体はまだその姿を認識することは出来ると私は思っている。

関根 直子

1999
武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業
2001
武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻油絵コース修了
2013
文化庁海外研修制度 研修員 フランス、パリ

[個展]
2004
「そとがわのうちがわ」 トーキョーワンダーサイト
「線、海からの帰還」 αm プロジェクト/art space kimura ASK?
2008
「巡る、佇む」GALERIE ANDO
2010
「線-音-意味」 脇田美術館
2012
「先行するものたちへ-Naoko Sekine Creations in 1999」 第一生命南ギャラリー
「昼と夜、時の間-go for a walk at twilight」MA2 Gallery
2014
「言葉の前の音」GALERIE ANDO
2015
「ここに、はての、拡散した1」MA2 Gallery
2016
「終わらない庭-Act of Scenery」GALERIE ANDO
2017
「NAOKO SEKINE EXHIBITION」 MA2 Gallery
2018
「風景の作用」GALERIE ANDO
2019
「風景の作用-Act of Scenery」 Mizuho Oshiro ギャラリー
2021
「Ligne-Couleur-Image」 Pierre Yves Caër Gallery
2022
「複合風景-Composite Scenery」 第一生命ギャラリー
2024
「綺想する表面」 MA2 Gallery 他

[グループ展]
2006
「Chaosmos'05-辿りつけない光景」 佐倉市立美術館
2007
「線の迷宮<ラビリンス>II-鉛筆と黒鉛の旋律」 目黒区美術館
2008
「Black,White and GRAY」 MA2 Gallery
「VOCA 展 2008-現代美術の展望-新しい平面の作家たち」 上野の森美術館
2009
「I BELIEVE-日本の現代美術」 富山県立近代美術館
2010
「Doubles lumières」 パリ日本文化会館 フランス パリ
2011
「Nearest Faraway 世界の深さのはかり方‐MOT アニュアル 2011」 東京都現代美術館
2012
「VOCA 展 2012-現代美術の展望-新しい平面の作家たち」 上野の森美術館
2014
「開館20周年記念 MOTコレクション特別企画第2弾 コンタクツ」 東京都現代美術館
「17th DOMANI・明日」 国立新美術館
2015
「モダン百花繚乱-大分世界美術館」 大分県立美術館
「常設展 フランシス・アリスと4つの部屋」東京都現代美術館
2016
「VOCA 展 2016-現代美術の展望-新しい平面の作家たち」 上野の森美術館
2017
「批評の契機」 緑隣館 埼玉
2018
「関根直子|小瀬村真美|手塚愛子」展 MA2Gallery
2019
「MOT コレクション-ただいま / はじめまして」 東京都現代美術館
2020
「絵の旅 vol.5 深く沈み軽やかに浮かぶ – The Silent activity」 MA2Gallery
2022
「ふたつの変容-松谷武判・関根直子」 MA2Gallery
2023
「みまちがう水-袴田京太郎|保井智貴|大西伸明|関根直子」MA2Gallery
2023
「キオクハトキカ」SPIRAL
2024
「侵犯、越境、超越するゲーテの手-さかぎしよしおう|関根直子|徳丸鏡子|留守玲」 武蔵野美術大学 他

[受賞]
2008
府中市美術館賞/VOCA展2008
2002
トーキョーワンダーウォール賞/トーキョーワンダーウォール公募 2002
2023
Luxembourg Art Prize, Grand Prix

[パブリックコレクション]
府中市美術館
東京都現代美術館
大分県竹田市立図書館
愛知県美術館
和歌山県立近代美術館
富山県美術館